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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)695号 判決

控訴人 埼京運輸株式会社

被控訴人 堀川りん 外三名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人りんに対し金十五万円、被控訴人政男に対し金十万円、被控訴人恒太郎、同たきに対し各金五万円及び右各金員に対する昭和二十九年三月十五日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

被控訴人らその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて、これを四分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

控訴人が貨物自動車で貨物運送事業を営む会社であること、訴外大畑喜正並びに新井栄三が本件事故の当時控訴人の被用者であり、大畑喜正は自動車運転者、新井栄三はその助手として、控訴人所有の貨物自動車に乗務し、控訴人の営業である貨物の運送に従事していたこと、堀川重兵衛が昭和二十八年九月十五日午後一時五十分頃自転車に乗つて東京都荒川区日暮里一丁目千六百三十五番地先道路を通行中、右大畑喜正、新井栄三の乗務する貨物自動車と衝突し、堀川重兵衛は自転車から転落して右貨物自動車の左側後車輪(二重車輪)で左上半身をひかれ、胸腔内蔵器損傷及び頭蓋内出血の傷害を受け、その結果、同日午後二時十四分死亡したことは、いずれも当事者間に争がない。

よつて前記事故の発生につき控訴人の被用者である運転者大畑喜正、その助手新井栄三の過失の有無を検討するに、成立に争のない甲第八号証の七(荒川警察署司法警察員巡査部長上条清作成の実況見分調書)、原審における本件事故現場検証の結果、原審並びに当審証人家谷安貞、原審証人境野良一、青木栄子、絹川正雄、当審証人上条清の各証言を綜合すれば、前段認定日時、大畑喜正は、貨物自動車を運転し、日暮駅方面から進行して左方三河島方面から右方中根岸方面に通ずる道路との交叉点にさしかかつた時、たまたま被害者堀川重兵衛は自転車に乗つて三河島方面から右交叉点にさしかかり、右折して右貨物自動車の進路の前方道路を斜に横断して下根岸方面に向うような態勢であつたにも拘らず、大畑喜正は時速約二十五粁で右貨物自動車を運転し、道路のほぼ中央を直進し、右貨物自動車荷台の左前方の角を堀川重兵衛の右肩後方に衝突せしめ、同人をして自転車から転落せしめ、その左上半身を貨物自動車の左側後車輪でひくの結果を来したことを認めることができる。以上の認定事実に、(一)原審証人大畑喜正の証言中「トラツクの荷台に乗つていた相上市郎が「あつ」と大きな声を出したので私は何か事故が起きたなと思つて直ぐにブレーキをかけました。ブレーキをかけてからトラツクは三メートル位進んで停車しました。」という証言、(二)成立に争のない甲第八号証の六、証人絹川正雄、関根市良の各証言を綜合して認められる本件貨物自動車に乗つていた運転助手新井栄三が本件事故のとき地図に眼を落していた事実(この点についての原審証人大畑喜正、新井栄三の各証言は信用できない。)(三)原審証人青木栄子、原審並びに当審証人家谷安貞の証言によつて認められる大畑喜正は本件交叉点にさしかかつてから事故発生まで全く警笛を吹鳴しなかつた事実(この点についての原審並びに当審証人大畑喜正、原審証人新井栄三の各証言は信用できない。)並びに(四)原審における検証の結果を綜合すれば、本件貨物自動車の運転者である大畑喜正は、本件交叉点にさしかかつた際被害者堀川重兵衛が自転車に乗つて本件貨物自動車の進路の前方附近を進行中を認めながら、これに対する警戒を怠り、これを安全に追い越し得るものと速断し、警笛も吹鳴せず、徐行もなさずに進行して、堀川重兵衛に接触して後急停車の措置を講じたことが認められる。およそ自動車の運転者は、絶えず進路の前方及びその左右を注視し、通行中の人車に警戒を怠らず、進路に近接して通行中の人車が認められる場合は徐行し、あるいは停車する等機に応じた措置をとり、事故を未然に防止すべき注意義務あるものと認めなければならない。それ故これによつて前段認定事実を見れば、本件貨物自動車の運転者大畑喜正は、(一)進路の前方左側に対する警戒の怠り、(二)これに基く警笛不吹鳴、(三)通行中の自転車を極めて近接して追い越そうとし、かつその際除行をしなかつたことにおいて自動車運転者に要求されている注意義務を怠つたものというべきである。

被控訴人らは、運転助手は運転車を補佐して絶えず自動車の前方及び側方に注意し、もしそこに歩行者又は自転車を認めた時は直ちにこれを運転者に知らせ、その処置を促さなければならぬ注意義務があると主張しているけれども、自動車運転の全責任はかかつて運転者の双肩にあるものであつて、助手を如何に使用するかは運転者の判断に委ねられているものであり、助手をして警戒義務を尽さしめなかつたことは、一に運転者の注意義務違反中に包含されると解するのが相当であるから、本件の場合運転助手の注意義務を独立して考えることは相当でない。本件の場合助手新井栄三は、本件事故の際、地図を見ていたことは、前段認定のとおりであるけれども、右は助手新井栄三の注意義務違反と目すべきでなく、運転者たる大畑喜正に助手をして進路の左側を警戒せしめなかつた過失があるのであつて、右は前段説示の運転者の注意義務違反(一)進路の前方左側に対する警戒の怠り中に包含されると見てよいであろう。このように本件事故の発生が大畑喜正の過失に起因することは疑を容れないところであり、被控訴人りんが堀川重兵衛の妻、その他の被控訴人三名が堀川重兵衛の子であることは当事者間に争がないのであるから、控訴人は被控訴人らが本件事故に因る堀川重兵衛の死亡に因つて受けた精神上の損害を賠償するの義務あるものというべきである。

そこで損害の額について審究するに、(一)原審における検証の結果並びに前段認定の事実を総合すれば、堀川重兵衛が自転車に乗つて本件事故現場の道路を通行するにあたつてその進路の右側に対して注意を払つたならば、大畑喜正運転の貨物自動車の進行し来ることは容易に発見できたであろうし、その場合は適宜の処置をとつて事故の発生を防止できたであろうことが認められること、殊に本件事故の現場が交叉点であることから考えて、本件事故の現場を通過するにあたつては、自転車と雖もその進路の左右に注意するのが当然であつて、この点において堀川重兵衛にも過失あるものと認められること、(二)原審証人中谷昌恭、市川輝彦、当審証人上条清の各証言を綜合すれば、本件事故のとき堀川重兵衛の乗つていた自転車はハンドブレーキのライニングに接続する部分が切断しており制動の用をなさなかつたことが認められ、本件にあつては、堀川重兵衛がその進路の左右に注意すると共に、ブレーキを使用したならば事故の発生が避けられたであろうと考えられるから、この点において、同人がブレーキの故障であることを発見しなかつたか、あるいは発見してもブレーキ故障の自転車に乗用したことにおいて同人の過失が認められることが、損害額の算定にあたつて斟酌さるべきものであると考える。

さらに、堀川重兵衛が明治二十三年十二月生であること、同人は本件事故当時被控訴人政雄と共同して牛乳販売業を営んでいたこと、被控訴人恒太郎は重兵衛と同居していたこと、被控訴人たきが昭和十四年藤咲末松と婚姻し、爾来同人と同居していることは当事者間に争なく、原審証人鈴木常男の証言、原審における原告(被控訴人)堀川政雄本人尋問の結果によれば、堀川重兵衛は生前非常に健康で家業に精励していたこと、被控訴人らは常日頃同人に少しでも楽をさせて孝養をつくそうと心がけていたことが認められる。よつて、右事実と前段認定の諸事実、被害者重兵衛の過失などの一切を考えて判断すれば、本件事故に因つて被控訴人らの受けた精神上の苦痛に対する慰藉料は被控訴人りんに対しては金十五万円、被控訴人政雄に対しては金十万円、被控訴人恒太郎、同たきに対しては金五万円づつが相当であると考える。よつて、控訴人に対する被控訴人らの本訴請求は右各金額及びこれに対する控訴人に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十九年三月十五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものである。それ故原判決は過当であるからこれを右の限度に変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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